マーケティングにおける市場調査の位置づけ マーケティングリサーチとの違いとは
マーケティングのための調査活動は、市場調査、マーケティングリサーチ、マーケットリサーチ、消費者調査などの呼び方があります。
それぞれが区別されて用いられているわけではなく、会社や担当者によってそれぞれのイメージで使い分けされているのが実情ではないでしょうか。
これらの言葉に明確な定義はありませんし定義づけをする必要もありませんが、マーケティングにおける市場調査について掘り下げてみたいと思います。
マーケティングにおける市場調査とは
成熟した消費社会のなかで、企業活動のリソースを生産や販売にのみ集中しているだけでは企業が存続していくことは難しく、既存のマーケットからより多くのシェアを獲得すること、あるいは、新しいマーケットを創造するための取り組みが必要不可欠です。
その取り組みがマーケティングであり、効果的なマーケティングを行うためには、マーケットを理解することが前提となります。マーケットを理解するために行うのがマーケティングリサーチであり市場調査です。
マーケティングリサーチと市場調査
マーケットを理解するための活動に対してマーケティングリサーチ、市場調査という言葉が使われますが、マーケティングという考え方が国内に普及する経緯を見ても、それぞれが指し示す概念に明確な区別をもって使われてきたわけではないようです。
欧米でもマーケティングリサーチに対してマーケットリサーチという言葉が存在し、市場調査はマーケットリサーチの訳語に対応しています。
マーケティングリサーチと市場調査(マーケットリサーチ)の違いについては、さまざまな議論がありますが、言葉どおり解釈するとマーケティングリサーチはマーケティングのためのリサーチであり、市場調査(マーケットリサーチ)はマーケットを調査することと考えることができます。
マーケティングを構成する要素には4P(Product・Price・Place・Promotion)、4C(Customer Value・Cost・Convenience・Communication)があり、これらの要素を検討する際に必要な情報を集めて分析することをマーケティングリサーチとするのがひとつの見解です。
一方、市場調査(マーケットリサーチ)は、マーケットそのものの成り立ちや全体像、マーケットを構成する顧客・消費者について調べることであるとする考え方があり、消費者調査と同義として用いられてきた経緯もあります。
上記のマーケティングリサーチと市場調査に対する考え方を踏まえると、マーケティングリサーチは提供する商品やサービスを前提としてマーケティングの構成要素を決定するためのリサーチと分析であり、市場調査は市場機会を分析するための情報収集であるといえます。
市場調査の内容
市場調査(マーケットリサーチ)は自社の事業ドメインが対象とする市場に対して、どんな商品やサービスを提供すべきか、または、商品やサービスの需要が見込まれる市場はどこかを検討するために必要な情報収集活動です。
言い換えると市場環境を分析することが市場調査の中味であり、環境分析のためのフレームワークに沿った情報を集めることを市場調査と考えることができます。
PEST分析
PEST分析は企業活動に影響を与える外部環境とマクロ環境についての情報について分析することであり、以下の項目に分けられます。
P:Politics(政治) | 国の政策、法規制、税制、政権の動向、外交・安全保障など |
E:Economy(経済) | 経済成長率、景気動向、金利、為替、失業率など |
S:Society(社会) | 人口動態、世論、生活者の意識、教育水準、環境問題など |
T:Technology(技術) | 技術革新やイノベーションの動向、研究開発の動向、特許など |
VRIO分析
外部環境を分析するPEST分析に対し、VRIO分析は内部環境を分析するためのフレームワークです。市場調査の直接的な調査対象ではありませんが、外部環境に対する自社の競争優位性を評価するための基本となる項目です。
V:Value(経済的価値) | 自社の経営資源の経済的な価値が市場のなかで、また、競合他社と比較してどれだけの優位性があるか |
R:Rarity(希少性) | 自社の経営資源を競合他社と比較した場合の差別化の度合い |
I:Inimitability(模倣困難性) | 希少性が高い経営資源を保有していたとしても、他社が容易に模倣できるものであれば優位性は一時的なものになるため、他社が模倣できない経営資源を保有しているかどうか |
O:Organization(組織) | 自社の経営資源を効果的に活用できる組織体制が整備されているかどうか |
5フォース分析
5フォース分析はミクロ環境について分析するフレームワークです。外部環境であるPESTは自社のコントロールが及ぶ範囲の外にある項目ですが、ミクロ分析は自社のコントロールが及ぶ領域についての分析です。
②新規参入者の脅威↓ | ||
④供給業者の交渉力 → | ①既存業者間の競争関係 | ← ⑤買い手の交渉力 |
↑③代替品の脅威 |
①既存業者間の競争関係
対象とする市場の規模と成長性、業界構造などを踏まえ、参入企業数や参入企業の種類などから競争環境の厳しさの度合いを分析します。
②新規参入者の脅威
市場への参入障壁が低い場合には競争状態は激化するため、新規参入が多い業界かどうか、特定の脅威となる新規参入が存在しないかどうかについて調べます。
③代替品の脅威
市場への新規参入者以外にも、他の市場の商品やサービスが需要に影響する場合も考えられます。
④供給業者の交渉力
仕入先など自社に対する売り手との力関係について明らかにします。原材料の需給がひっ迫するケースや、供給業者を替える場合のスイッチングコストなどが経営に影響を及ぼす要因となります。
⑤買い手の交渉力
買い手とは自社の販売先や顧客のことです。商品やサービスに関する情報の非対称性が高いかどうか(販売先・顧客よりも自社が情報量や専門性で優位にあるか)、顧客にとっての自社の位置づけ、顧客が競合商品や代替品に乗り替える際のスイッチングコスト(実際にかかるコスト、業務内容を変えるのにかかる従業員の工数)などが影響します。
STP分析
市場全体を特定の基準で分類し、商品やサービスの主要な販売対象となる消費者を決めて、何を基準として差別化を図っていくかを決めることがSTP分析です。SはSegmentation(細分化)、TはTargeting(標的市場)、PはPositioning(立ち位置)のことを指します。
セグメンテーション
セグメンテーションは人口統計的変数、地理的変数、心理的変数、行動変数などを基準として分類することが一般的なほか、商品やサービスの特性に合わせた独自の切り口で市場を分類します。
ターゲティング
ターゲティングは細分化したなかからどの消費者層をメインの販売対象と据えてマーケティングを行うかということです。自社の強みを活かすことができ、また、最も需要の見込まれる消費者層がターゲットとなります。ターゲティングには無差別型、差別型、集中型といった典型的な種類があります。
ポジショニング
一般的には、自社の商品やブランドと競合他社との位置関係を2つの評価軸を設定した上で比較します。比較して優位に立てるポイントが自社の差別化要因であり、そのポイントを消費者層に対して訴求していきます。
市場調査の手法
市場調査で収集・分析する情報は定性的な情報が中心であり、既に公表されているデータや情報を分析に活用します。
デスクサーチ
デスクサーチは文献や資料、新聞・雑誌記事、Webサイトなどから必要データや情報を集めることを指します。PEST分析の対象となる情報は、既に公表されている2次情報から集められるものが多くの割合を占めています。
マーケティングにおいては市場規模や企業別のシェア、商品やサービスの具体的な情報が必要となります。
市場規模や業界シェアについては各種記事のなかで特定の業界の市場規模やシェアに触れられていることがあるほか、自動車業界のように業界団体が情報をまとめて公表しているケースがあります。
市場規模や顧客層を分析する際には、国や行政の統計データが活用されます。国勢調査は人口動態や就業構造を知るための基本データであり、家計調査や消費実態調査などは消費傾向やトレンドを分析する際の参考になります。
この他にも事業所統計や自治体がまとめた地域データなど市場調査の対象として活用できる統計データにはさまざまなものがあります。
エキスパートインタビュー
5フォース分析のような業界や業種などの個別具体的な情報が必要となる場合には、特定の業界や市場についての専門知識を持っている研究者や業界団体の担当者、場合によっては企業の担当者などから情報を提供してもらうことを行います。
一般的にはインタビューを通じて調査テーマに関する質問を行うことで必要な情報を入手しますが、インタビューされる側との利害関係や情報提供に対するインセンティブの問題など、聞きに行けば誰でも教えてくれるものではないことは認識すべきです。
調査への協力を得るために必要な手順を踏むことや謝礼なども含めて、有益な情報を得られそうな人物の選定とインタビューの準備は慎重に行う必要があります。
近年では、医師などをはじめとする特定の職業の従事者を調査パネルとして保有している調査会社や、さまざまな業界の識者への面談を取り次いでくれるサービスなどもあり、それらを通じてエキスパートインタビューを行う方法もあります。
グループインタビュー・ネットリサーチ
消費者・生活者視点の情報を収集する際に用いるのがネットリサーチやグループインタビューです。グループインタビューで収集するのは定性情報であり、消費者の個別の購買行動や生活意識を拾うことからSTPの設定に関連する情報を集め仮説を立てます。
立てた仮説に対して定量的な裏付けを与えるのがネットリサーチです。アンケート調査により数量的な分析が可能になり、客観性のある数値として説得力のある意思決定のための情報が得られます。
市場機会の分析は企業戦略を立てるために不可欠
市場機会の分析は経営戦略を立てるための意思決定に資するものであり、その意味では市場環境を分析するための市場調査はマーケティングよりも高い意思決定レベルで行われる情報収集・分析のための活動であると考えることもできます。
一方で、市場調査はマーケティングリサーチに包含されるものであるという考え方もあり、市場調査とマーケティングリサーチのとらえ方が異なる理由でもあります。
重要なのは定義を論ずることではなく、戦略論やフレームワークの知見を活用し、より有用な情報を集めて自社のマーケティング戦略の精度を高めていくことです。