生成AIを使った認知シミュレーションをアンケート設計に活かす|調査企画編

生成AIに「考えながら答えて」と指示すると、思考のプロセスが言葉として出力されます。この“思考の再現”を調査企画や設計に応用すると、課題の構造化や仮説検証の質を高めるための手がかりとなります。
この記事では、認知シミュレーション(think-aloud)という視点から、生成AIと共に“考える”調査設計の可能性を探ります。
プロンプトのコツ「ステップバイステップで考える」は何を意味するのか
生成AIのプロンプト作成のコツとして紹介されることも多い「ステップバイステップで考えて」というフレーズがあります。
これは、生成AIの能力を最大限活用するためのCoT(Chain-of-thought:思考の連鎖)というプロンプトエンジニアリングの手法のひとつです。
CoTは生成AIに複雑な問題を解かせる場合に、途中の推論プロセスを段階を追って説明することを促すプロンプト手法です。
例えば、以下のような課題を生成AIに解かせるとします。
- プロンプト
- 「週末に日帰り旅行を計画しています。候補地はA、B、Cの3つです。
A市は電車で片道2時間、交通費は往復5,000円、現地での滞在可能時間は5時間です。B市はバスで片道3時間、交通費は往復4,000円、現地での滞在可能時間は4時間です。C市は新幹線で片道1時間、交通費は往復8,000円、現地での滞在可能時間は7時間です。
交通費を6,000円以内に抑えつつ、現地での滞在時間が最も長くなるのはどの都市ですか?」
- 生成AIの回答
- A市です。
上記のプロンプトでは正解は示されましたが、生成AIがどのように答えを出したかは知ることができません。
これに「ステップバイステップで考えてください。」という一文をプロンプトに入れると、次のような出力結果が得られます。
- 生成AIの回答
- 交通費の条件を確認する - A市:5,000円 ○ - B市:4,000円 ○ - C市:8,000円 ×滞在時間を比較する- A市:5時間 - B市:4時間 結論:A市が最適
「ステップバイステップで考えて」と指示することで、生成AIは条件の整理、絞り込み、比較検討という論理的なプロセスを文章化して示してくれます。
これにより、生成AIがどのようにしてその結論に達したのかを理解し、その答えが正しいかどうかを検証できるようになります。
考える過程をAIに語らせる──Think-Aloudによる認知シミュレーション
人間の思考過程を明らかにしようとする取り組みは、心理学や教育工学の分野でも長年にわたって行われてきました。それが「シンクアラウド法(think-aloud protocol)」と呼ばれる研究手法です。
人は何かを判断したり、問題を解いたりするとき、頭の中で複数の推測や比較、仮説検証を行っています。 これを研究者が外から観察することは難しいため、被験者に「今何を考えているのかを声に出して説明してください」と依頼し、思考の流れを逐次的に記録・分析する―これがthink-aloudの基本的な考え方です。
CoTが生成AIに「推論の過程を出力させる」プロンプト手法であるのに対し、think-aloudをプロンプトに組み込むと、生成AIはそれを理解して人間の思考プロセスそのものを言語化して出力します。
最初に挙げた日帰り旅行の例で、プロンプトに「think-aloudで回答して」というフレーズを加えると以下のような出力が得られます。
- 生成AIの回答
- 交通費が6,000円以内か…A市は5,000円でOKだな。B市は4,000円でこれもOK。
C市は8,000円だから条件外。ええと、これで候補はAとBに絞られた。
次に滞在時間を見ると…A市が5時間、B市が4時間。ということはA市の方が長いな。
待って、移動時間は関係あるかな?問題文には『現地での滞在可能時間』と書いてあるから、移動時間はもう計算済みみたい。だからA市で確定だ。
「ステップバイステップ」が教える側の視点から、整理された構造的な手順で答えを返すのに対して、「think-aloud」は、考えている本人の視点に立ち、判断の根拠や気づき、迷いなどを含む、考えていることすべてを言語化したものが出力されます。
プロンプトで「think-aloudで答えてください」と指定すると、生成AIは思考プロセスを言語化しながら結論を導くため、人間の思考過程をシミュレーションするツールとなります。
これを使えば、生成AIの回答から逆に、課題そのものを検証する糸口が得られます。つまり、生成AIは単なる自動応答システムではなく、「思考を説明できる被験者」や「仮想的な思考実験の参加者」として活用できるのです。
この発想をアンケート業務に応用して、調査企画から設問設計までの各段階で、人間の思考を補い、検証し、可視化することが可能になります。
まず、調査企画の段階で、どのように認知シミュレーションを使えるのかを具体的に見ていきます。
調査企画段階での活用①:設計者Think-Aloudによる調査設計の構造化
アンケートを設計する際、構成概念(測定対象)や設問の妥当性を整理することは簡単ではありません。
「何を明らかにしたいのか」は頭の中にあっても、それを質問文や選択肢に落とし込む段階で、意図と表現のあいだにズレが生じがちです。
多くの場合、調査設計者はこの段階で自分の頭の中を言語化してメモを書き、仮説を検討し、同僚とディスカッションを行うなかで、思考の整理と検証を行いながら調査企画を完成させていきます。
調査設計者は、自らの思考を言語化し、明らかにすべき要素や調査票への落とし込みを検討するものの、時間や環境によってその「考えの質」にはばらつきが生じます。とりわけ複数人で企画を進める場合、思考の前提や着眼点の違いが議論を複雑にすることも少なくありません。
こうした“頭の中の思考実験”を、生成AIに一時的に委ねることができればどうでしょうか。
具体的な認知シミュレーションの例を見てみます。
以下は、サブスクリプションサービスの解約率改善のための調査企画を検討する場合の事例です。
- プロンプト
- あなたは事業責任者です。次の依頼文を音読しながらThink-Aloudで、真の意思決定(何を/いつ/誰が)成功の定義(KGI/KPI)前提・制約調査で検証できない可能性を短文で吐き出してください。最後に“調査の目的”を1文で提案。
[依頼文]
弊社では、食品サブスクリプションサービス(冷凍ミールキット)の解約率が高止まりしており、継続率を改善するための調査を計画しています。
特に、初回購入から3か月以内の解約が多いことから、ユーザーが離脱する要因を把握し、改善すべき体験要素(味・価格・配送頻度・メニュー設計など)を特定したいと考えています。
この結果をもとに、商品改良やコミュニケーション施策の優先順位を決定したいと思っています。
- 生成AIの回答
- “継続率を改善するための調査”とあるけど、最終意思決定は“どの改善施策にリソースを配分するか”だな。つまり、施策のROIを見極めたいということ。
“初回購入から3か月以内の解約”が多い—この期間を“オンボーディング期間”と見なせる。ここでの体験が肝。
成功の定義(KGI)は“解約率の低下”。KPIとしては“2回目購入率”・“リピート間隔”・“満足度スコア”。
“味・価格・配送頻度・メニュー設計”は仮説的要因。ここを全部訊くと設問数が膨らむ。優先度づけが必要。
“要因を把握”とあるが、単なる満足度調査ではなく、“離脱理由の相対重要度”を定量化する設計が望ましい。
制約として、解約者にはアクセスが難しい。現ユーザーを対象に“離脱意向”を代理変数として測るしかないか。
あと、“配送頻度”は選択肢設計を誤るとバイアスが出る。設問順にも注意。
調査で検証できないのは、“価格弾力性”のように実際の行動に依存する項目。ここは別途ABテストが必要。
最終的に狙うのは、“離脱意向を説明する主要因の構造を明らかにし、改善施策の優先順位を決める”こと。
→ 調査目的文:
「食品サブスク利用者の離脱意向を規定する主要要因を明らかにし、継続率改善施策の優先順位づけに資する知見を得ること。」
この例の最終的な目標は「継続率を上げる」ことです。仮想の事業責任者によるthink-aloud(思考発話)を用いた認知シミュレーションを通じ、「意思決定対象」「KGI/KPI」「検証範囲」といった具体的な論点を指定することで、それを導き出すための思考過程が明らかになります。
このプロセスは、従来ブレインストーミングなどで行われてきた思考作業を再現し、調査で明らかにすべき構造と限界を明確にします。
特に、企画初期にはゴールが曖昧なまま進行し、後工程での手戻りが発生しがちです。しかし、生成AIを併用することで、関係者間の意図のズレや思考の抜け漏れを未然に防ぎ、設計全体の再現性と納得度を高めることができます。
このように、生成AIを用いた認知シミュレーションは、調査企画を「構想」から具体的な「設計」へと移行させる強力な思考補助ツールであり、設計者の思考を構造的に支援する有効な手法です。
調査企画段階での活用②:How might we〜 ?(どのようにすれば~できるだろうか?)再定義による発想支援
前の例では「事業責任者」を認知シミュレーションの主体として設定しましたが、立場の異なる「ペルソナ」を複数設定して認知シミュレーションを行うことで、抱えている課題をより深く掘り下げることができるようになります。
次の例では、以下のような構造でプロンプトを設計しています。
【課題】
若手社員のアンケート回答率が低く、モチベーション調査が機能していない
5人のペルソナを設定
人事責任者、若手社員、中間管理職、経営企画担当、社外コンサルタントを想定する。
HMW(How might we)を think-aloud させる
「どうすれば〜できるか?」という問いを、各ペルソナ視点で言語化させる。
各ペルソナの HMW を 3つに要約
多様な視点から出たアイデアを整理し、重複をまとめて要点化する。
3×5 の HMW を整理・統合し上位5案を評価
抽出したHMWをグルーピングし、評価軸にもとづいて優先度をつける。
上位5案から問題の本質的な構造を抽出
評価の高いアイデアから共通点を洗い出し、根本的な課題構造を言語化する。
最終ステップ
課題解決・調査設計への落とし込み
- プロンプト
- あなたは、デザイン思考と調査設計の両方に精通したファシリテーターです。
以下の課題文を、5人の異なるペルソナの視点から再定義してください。
各ペルソナはThink-Aloud形式で自分の考えを発話しながら、「How might we ~ ?(どのようにすれば~できるだろうか?)」という形で3案ずつHMW文を生成します。
その後、全員のHMW文を統合し、重複や類似を整理して上位5案を抽出してください。
各HMW案には以下4軸で5点満点評価をつけ、平均点も出してください。
- 具体性
- 行動可能性
- バイアス回避(原因決めつけや前提依存がないか)
- 価値の大きさ(実現したときのインパクト)
出力形式:
1. 上位5案(統合HMW文+含意)を表形式で示す
2. Think-Aloudのまとめとして、課題の本質構造(どんな層の問題が見えてきたか)を要約する
3. どんな調査変数や質問項目に発展しそうか、簡単にコメントする
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課題文:
「若手社員のアンケート回答率が低く、モチベーション調査が機能していない」
ペルソナ設定:
A:人事責任者(40代、全社エンゲージメントに責任)B:若手社員(20代前半、新卒3年目、現場多忙)C:中間管理職(30代後半、チームの雰囲気維持に苦労)D:経営企画担当(40代、サーベイ結果を経営指標に転用)E:社外リサーチコンサル(アンケート設計を支援)
課題の再定義プロセス:5つのペルソナによる Think-Aloud
若手社員のアンケート回答率低下という表層的な課題を、5人のペルソナ視点から深掘りし、 HMW(How Might We)と評価表を通じて本質構造まで分解したプロセスの記録です。
Phase 1 各ペルソナの Think-Aloud + HMW 文生成
人事責任者(40代)
「回答率が低い...まず思うのは、若手は忙しいってこと。でも本当にそれだけかな? アンケート自体に価値を感じてないのかもしれない。過去の調査で何か変わったっけ? 彼らからすれば『答えても何も変わらない』って思われてるかも。あと、タイミングも悪いのかな。 期末の忙しい時期に送ってたりして...。それに匿名性への不安もあるかもしれない。上司に見られるんじゃないかって。 いや、もっと根本的に、モチベーション調査って枠組み自体が若手に響いてないのかも。 『調査』じゃなくて『対話』の方がいいのかな?」
- HMW アンケート結果が実際の職場改善につながったことを可視化できるだろうか?
- HMW 若手にとって負担感の少ないタイミングと形式でフィードバックを集められるだろうか?
- HMW 調査を「評価」ではなく「対話の起点」として再設計できるだろうか?
若手社員(20代前半・新卒3年目)
「またアンケート来た...正直、時間ないんだよね。50問とかあって、似たような質問ばっかりで。 去年答えたけど、何か変わった? 特に何も聞かないし。っていうか、匿名って言いながら部署と年次入れるから、 絶対バレるじゃん。本音書けないよ。そもそも『モチベーション』って言われても、何を答えればいいのか分からない。 今日は高いけど明日は低いかもしれないし...。スマホでサクッと答えられるならまだいいけど、 PCログインして専用システムとか面倒すぎ。っていうか、上の人たちが知りたいことと、 私たちが言いたいことって違う気がする」
- HMW 5分以内で直感的に答えられ、かつ自分の声が届くと実感できる仕組みをつくれるだろうか?
- HMW 若手が本当に安心して本音を言える心理的安全性を設計できるだろうか?
- HMW 定期的な大型調査ではなく、日常の小さな気づきを拾える仕組みに転換できるだろうか?
中間管理職(30代後半)
「部下に『アンケート出してね』って言うのも気まずいんだよな...。強制してる感じになるし。 でも人事からは回答率上げろって言われるし。正直、結果見ても自分のチームだけじゃ何もできないことが多い。 給与とか制度とか、上の問題じゃん。むしろ、若手が何に困ってるか、普段の1on1で聞けばいいんじゃないかって思うけど、 それもデータとして残さないといけないのかな。あと、調査結果を見せられても 『で、どうすればいいの?』って思うことも多い。数字だけ見せられても...アクションプランまで一緒に考えてほしい」
- HMW 現場マネージャーが調査結果を具体的な改善行動に転換できるサポートを提供できるだろうか?
- HMW 若手との日常対話を活かしながら、それを組織学習につなげる仕組みをつくれるだろうか?
- HMW 回答を促すプレッシャーを減らし、自発的な参加を引き出せるだろうか?
経営企画担当(40代)
「回答率が低いと統計的な信頼性が下がるんだよな。経営会議で 『この数字、全体の30%しか答えてないですけど』って突っ込まれると困る。 若手の声が拾えてないってことは、リスクの早期発見もできてないってこと。 離職の予兆とか、ハラスメントの兆候とか...。ただ、調査のための調査になってないか? KPI追いかけるだけじゃなくて、本当に組織が強くなるための情報を取れてるのか。 あと、サーベイ結果と実際の離職率やパフォーマンスデータを紐づけて分析できてないのも問題。 データはあるのに活かしきれてない」
- HMW アンケート以外のデータ(行動ログ、1on1記録等)と組み合わせて組織状態を把握できるだろうか?
- HMW 調査結果を経営判断や投資意思決定に直結させるストーリーを描けるだろうか?
- HMW 回答率そのものを指標として追うのではなく、組織の健全性を測る新しい指標を設計できるだろうか?
社外リサーチコンサル
「典型的な『調査疲れ』のパターンだな。質問数が多すぎる、頻度が高すぎる、 フィードバックループがない...この3つが揃うと回答率は下がる。 あと、若手特有の問題として、『モチベーション』みたいな抽象概念を聞かれてもピンとこないんだよね。 行動ベースや具体的なシーンベースで聞いた方がいい。それに、調査設計時に若手を巻き込めてない。 彼らのインサイトを反映した質問項目になってないから、『自分たちのための調査』って思えない。 あと技術的な話だけど、モバイルファーストになってないとか、UIが古いとか、 そういう些細なことも回答体験に影響する」
- HMW 調査設計の段階から若手社員を共創者として巻き込めるだろうか?
- HMW 抽象的な心理指標ではなく、具体的な行動や体験を測定する質問設計に転換できるだろうか?
- HMW 回答体験(UX)を現代の若手の行動様式に合わせて最適化できるだろうか?
Phase 2 統合・整理・上位5案の抽出
各ペルソナから出てきた全15案のHMWをクラスタリングし、テーマごとに統合しました。
- フィードバックループ/成果の可視化(A1, C2)
- 心理的安全性/匿名性(B2)
- 負担軽減/タイミング最適化(A2, B1, C3)
- 調査形式の転換(対話型/日常化)(A3, B3, C2)
- 現場への支援/アクション転換(C1)
- データ統合/多元的把握(D1, D3)
- 経営との接続(D2)
- 共創設計/当事者参加(E1)
- 質問設計の具体化(E2)
- UX最適化(E3)
Phase 3 上位5案:評価表
| 順位 | 統合HMW文 | 具体性 | 行動可能性 | バイアス回避 | 価値の大きさ | 平均点 | 含意 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | HMW 調査を年次イベントから日常的な対話と連動した 継続的フィードバックの仕組みに転換できるだろうか? | 4 | 4 | 5 | 5 | 4.5 | 大型調査への依存から脱却し、1on1やパルスサーベイ、チャット型ツール等を 組み合わせた多層的なリスニング構造へ。「調査疲れ」の根本原因に対処。 |
| 2 | HMW 調査設計の段階から若手を共創者として巻き込み、 彼ら自身が答えたくなる問いをつくれるだろうか? | 5 | 4 | 5 | 4 | 4.5 | 当事者性の欠如がエンゲージメント低下の一因。 ワークショップ形式での設計参加や、質問項目への投票などで 「自分たちの調査」に変える。 |
| 3 | HMW 回答結果が具体的な職場改善につながったストーリーを 継続的に可視化・共有できるだろうか? | 4 | 5 | 4 | 4 | 4.25 | 「何も変わらない」という学習性無力感を打破。小さな改善事例を 社内SNSや全社会で共有し、調査の価値を実感させるフィードバックループ設計。 |
| 4 | HMW 若手が本当に安心して本音を言える心理的安全性 (技術的・文化的)を設計できるだろうか? | 4 | 3 | 5 | 5 | 4.25 | 匿名性の技術的保証(回答者特定不可能な設計)と、 文化的安全性(発言への報復がない実績)の両面から対処。信頼構築が前提。 |
| 5 | HMW 現場マネージャーが調査結果を読み解き、 チーム内で対話と改善行動を起こせるようサポートできるだろうか? | 5 | 4 | 4 | 4 | 4.25 | データを渡すだけでなく、解釈ガイド、アクションプランテンプレート、 ファシリテーション研修などをセットで提供。現場の実行力を高める。 |
Phase 4 Think-Aloud まとめ:課題の本質構造
Think-Aloud と HMW を通じて、表層の「回答率低下」の裏側にある層構造が見えてきました。
アンケート回答率が低い
調査設計の問題
- 質問数過多・抽象的・UI/UX不適合
- 実施タイミング・頻度の不適切
組織コミュニケーションの問題
- フィードバックループの不在(何も変わらない感)
- 心理的安全性の欠如(本音が言えない)
- 当事者性の欠如(自分たちのための調査じゃない)
組織文化と信頼の問題
- 従業員の声を聴き、応答する文化の未成熟
- 調査が「管理ツール」として認識されている
- 経営−現場−個人の対話断絶
本質的には「調査」という手段が目的化し、組織が従業員と真に対話し、学習し、変容する 能力(=組織的リスニング能力)が失われている状態であり、回答率はその「症状」に過ぎない、 という仮説に至りました。
Phase 5 調査変数・質問項目への発展可能性
1. 現状診断調査(まず何が起きているか把握)
- 過去調査への態度:「前回のアンケートに回答しましたか? しなかった場合、理由は?」
- 心理的安全性尺度:「職場で本音を言っても不利益はないと感じるか」(7段階)
- フィードバック認知:「過去の調査結果で何か改善されたことを知っていますか?」(自由記述+選択)
- 調査負担感:「調査に回答する際の障壁」(時間/タイミング/内容/操作性 など)
2. 共創ワークショップでの質的調査
- 若手10〜15名程度でのフォーカスグループ
- 「どんな質問なら答えたくなるか」「どういう形式なら続けられるか」のプロトタイピング
- KJ法による課題構造化と優先順位づけ
3. 介入後の効果測定指標
- 回答率・回答完了時間
- 自由記述の量と質(心理的安全性の代理指標)
- 改善実施率(調査結果から何件アクションが起きたか)
- Net Promoter Score for Survey:「この調査を同僚に勧めたいか」
4. 組織的リスニング能力の指標(長期)
- 従業員エンゲージメントスコア(eNPS など)
- 離職率(特に若手)
- マネージャーの対話スキル自己評価
- 経営層への従業員意見到達率
まとめ
この課題は単なる「アンケート改善」ではなく、組織が従業員の声をどう聴き、どう応答するかという、 組織開発とリサーチデザインが交差する領域の問題です。HMW思考によって、 表層的な解(質問を減らす、インセンティブをつける等)を超え、構造的な再設計の道筋が見えてきました。
デザイン思考のHMW(How Might We ~?)は、チームで課題を多面的に捉え直すフレームワークです。本来は数時間かけたワークショップで行う「アイデアの発散と収束」のプロセスですが、このシミュレーションでは、生成AIにthink-aloudで思考させることで、その初期段階を効率的にモデル化しています。
具体的には、生成AIが5人の異なるペルソナになりきり、それぞれの視点から深く考えてHMW文を生成します。重要なのは、各ペルソナの思考過程そのものを描写している点です。どのような前提から考えに至ったのか、迷いや疑問、不安といった"思考の足跡"が記録として残り、「考える過程そのものを観察できる問いの再構成プロセス」が可能になります。
生成されたアイデアは「具体性」や「行動のしやすさ」といった視点から評価され、課題の全体像が多角的に浮かび上がります。実際のチームメンバーやユーザーを集める手間を大幅に省きながら、初期段階で必要な多角的思考を効率的に引き出せる点が大きなメリットです。
ただし、生成AIによるシミュレーションは、実際の人間が持つ経験や感情に基づく洞察とは異なります。あくまで「叩き台」として、多様な視点を素早く獲得する手段と位置づけることが重要です。
このように生成AIを"第二の頭脳"として活用することで、設計者は自身の考えを客観的に見つめ直し、デザイン思考のプロセスを誰でも手軽に実践できるようになります。
まとめ
生成AIに“考えさせる”ことを利用して調査業務を根本から変えることができます。
Chain-of-Thoughtが推論の透明化を実現したように、think-aloudは企画者自身の思考構造を可視化し、チームの合意形成を支援します。
企画段階では、生成AIが仮想の同僚や専門家として思考を補完し、設計段階ではペルソナとして回答者の認知過程を再現する。認知シミュレーションを活用することは、調査設計そのものを“考えるプロセス”へと進化させる試みです。

